平井和夫氏への弔辞 (棚野正士)
(09.1.23 府中の森市民聖苑)
IT企業法務研究所代表研究員 棚野正士
平井さん、あなたはわたくしにとって、いや、わたくし達にとって希望の光でした。
1月17日朝、訃報に接したとき、突如闇の中に突き落とされたような衝撃に見舞われました。
日頃からよくメールを頂いておりました。昨年12月12日のメールには、「実は最近体調が悪く、CT検査を受けたところ、膵臓ガンであることがわかりました。明日、夫婦で詳しく説明を受けて、来週から外来で抗ガン剤治療に入ると思います。膵臓ガンは治らないと言われていますので、できても進行を止めるだけになると思います。もし、進行が進んでも気丈に生きたいと思います。」と書いてありました。「気丈に生きたい」というひと言に、平井さんの胸の内がうかがえます。
その後のご連絡で、2月9日のCT再検査までは感染症予防のため外出はできないとありましたので、2月半ばには会えると楽しみにしておりました。そこへ、いきなり奈落の底に突き落とされるような、悲報が届いたのです。神様は余りに残酷です。
平井さんは、俳優など実演家のために、かつて誰もが成し得なかった画期的なプロジェクトを完成されました。
一つは、日本芸能実演家団体協議会(芸団協)の芸能人年金共済制度のシステム化です。芸能人年金は、今は亡き多くの実演家達の夢が生んだ究極の芸団協事業です。実演家の運動に身を捧げた俳優や音楽家、舞踊家、演芸家達の熱い思いが込められております。平井さんは、当時の年金部長山下さんと二人三脚でその事務的基盤を見事にシステム化されました。
もう一つは、映像実演権利者合同機構(PRE)で果たされた貢献です。平井さんは組織の維持発展に尽くすと共に、放送番組など映像コンテンツの権利処理のための電子許諾システム・PREXを開発されました。
映像作品に関わる俳優など実演家の権利処理は、権利者の数が多数にわたるため至難の技ですが、システムエンジニアの平井さんは放送事業者の方々の協力を得て、日本で始めて電子許諾システムを開発したのです。一法人の枠を超えて日本モデルとして日本全体の財産に成り得るシステムです。国際スタンダードにも成り得るものです。
昨2008年3月、わたくしの事務所・IT企業法務研究所の月例セミナーで「電子許諾システム・PREX」の紹介をしてもらいましたが、関係団体だけでなく、放送事業者の方々、政府・行政関係者も出席し、高い評価を得ました。
しかし、平井さんの狙いは、システムそのものにあるのではなく、その確立を通して実演家の法的権利を拡大する事にありました。法制度を改正し実演家の権利を確立するためには、現実の権利処理の基盤整備が前提となるからです。
平井さんは猛烈に著作権法を勉強しました。独自のテキストも作り、大学など多くの場で講義をされました。わたくしはあれだけ熱心に法律の勉強をした人を知りません。平井さんが創った教材は実務に裏打ちされたまことに精緻なもので、どんな研究者も適わないと感じました。
PRE事務局長として、浅原代表理事と共に、理想を実現しようとした平井さんはもういません。希望の光であった平井さんはもういないのです。しかし、わたくし達は平井さんが遺した光を消すわけにはいきません。
平井さんは家族思いの心優しい人でした。ご家族で旅行されるとメールで写真を送ってくれました。3人の子供さんが自慢でした。お子さん達も今本当に悲しく辛いと思います。でも、立派なお父様を持たれた事を生涯の誇りにして、立派に生きて下さい。平井さんは奥さんや三人のお子さん、麻智さん、秀和さん、里奈さんを空から見守っています。
わたくしは今後とも平井さんと共に歩んでいきたいと思います。
平井さん、わたくし達は決してあなたのことを忘れることはありません。これからもわたくし達の希望の光であり続けて下さい。
合掌