芸術文化による心の復興、日本の創造的復興を ―文化芸術振興基本法10周年記念シンポジウムー
IT企業法務研究所代表研究員 棚野正士
2011年12月7日、ホテル・オークラで、音楽議員連盟と文化芸術推進フォーラム主催で「文化芸術振興基本法10周年記念シンポジウム」が開催された。
文化芸術振興基本法は2001年12月7日法律第148号として成立し、シンポジウム当日がちょうど10年に当たる。
主催者の音楽議員連盟は1977年超党派の衆参国会議員36名で結成され、2011年11月現在超党派衆参国会議員68名である。会長は中野寛成議員、幹事長鈴木寛議員、事務局長簗瀬進議員である。文化芸術推進フォーラムは芸団協、JASRAC、レコード協会など12団体で構成されている。
シンポジウムでは、はじめに文化芸術推進フォーラム議長野村萬芸団協会長(能楽人間国宝、文化功労者)が主催者として挨拶した。
野村議長は「文化芸術振興基本法は文化芸術の背骨であり、10年経ったが初心が大切である」と前置きし、世阿弥の「初心忘るべからず」を引用した。世阿弥は「花鏡」で三つの初心を説いていると話し、「ぜひ初心忘るべからず、時々の初心忘るべからず、老後の初心忘るべからず」であると語った。10年経ったても、初心忘るべからずで前に前に進んでほしいと挨拶した。
また、来賓として出席した音楽議員連盟の中川正春文部科学大臣は国の文化芸術基本方針と予算について説明し、政府は文化立国を目指しており、文化予算は現在国家予算の0.11パーセントであるが、目標は0.5パーセントである。今後文化芸術の一層の振興を計りたいと国の基本的考え方を述べた。
シンポジウムは、パネリストとして塩谷立議員、斉藤鉄夫議員、市田忠義議員、服部良一議員が参加しディスカッションが行なわれた。
議論の中では、文化予算、公的助成、文化芸術振興基本法第35条の基づく地方自治体による文化芸術基本条例の策定、劇場法、著作権法上の課題などが多角的に論じられた。著作権法では、現在係争中の私的録音録画問題、戦時加算、違法サイトのダウンロードに関する罰則の導入、映画著作物の著作権の帰属などが論じられた。
劇場法について鈴木寛議員は、「シアター」と「劇場」はニュアンスが異なる、「シアター」は人と器が一体となって認識されるが、「劇場」はハードとして捉えている。人とハードを一体として捉える必要があり、法律という形で劇場を考えたい、個人の寄付税制も改正され創作活動の裾野が拡がり、若者にとって創造環境が整いつつあり、これが国家戦略だと考えている。創造的復興、心の復興、芸術文化の力による日本の復興が大事であると語った。
塩谷立議員は文化予算、人材育成、文化施設の整備、民間の資金の導入の仕組みづくりを論じ、斉藤鉄夫議員は地方自治体の文化芸術基本条例の制定、私的録音録画問題、違法サイトからのダウンロード問題などを提起しつつ、文化芸術を創り出す人を大切にする事に価値基準を置く必要があると語った。服部良一議員は戦時加算の問題を強調すると共に、文化価値が分らないと外交は出来ない、文化はアイデンティティであり誇りであると文化の本質を語った。進行役をつとめた簗瀬進議員は物質至上主義から絆を大切にする社会に変えることが大切であり、文化芸術が社会の好循環を生むと社会にとって文化芸術が如何に大事であるかを語った。
パネリストの問題提起の中で、市田忠義議員から私的録音録画問題に関して制度導入を検討していた文化庁著作権審議会第10小委員会に芥川也寸志JASRAC理事長が意見書を提出し、権利者とメーカーの対立構造の中で議論が硬直していた空気を変え、永年の協議を終着に導いたことが紹介された(下記注参照)。又同議員からは国立劇場合唱団の契約に関して、FIM(国際音楽家連盟)から勧告が出されていることが披露された。
いま、文化芸術は希望であり、光である。文化芸術が人の心を救い国を復興する。音楽だけでなく広く芸術文化を視野に入れて活動する音楽議員連盟と文化芸術振興フォーラムの今回の「文化芸術振興基本法10周年記念」のシンポジウムは時宜を得た優れた催しであった。参加者は音楽議員連盟所属議員、文化芸術推進フォーラム関係者合わせて250名。なお、シンポジウム終了後、参加者による懇親会が開かれた。
<注:芥川也寸志さんの意見書>
芥川也寸志さんの意見書「私的録音録画問題と報酬請求権制度の導入について」は、昭和63(1988)年8月23日開催の著作権審議会第10小委員会に提出された。(この意見書は、平成19年6月27日開催第6回私的録音録画小委員会に小六禮次郎委員意見書添付資料としても提出されている。文化庁ホームページ掲出)
意見書は、(1)著作権者等の被っている不利益について (2)著作権制度整備の必要について (3)文化的な課題について (4)自由に伴う責任と節度について (5)企業の社会的役割と責任について (6)技術の進歩による恩恵について (7)録音と録画、機器とテープについて (8)使用料の分配の原則について、20ページにわたって詳述されている。
「(3)文化の課題について」の中で、「詩人や作曲家たちが音楽を創り、演奏家のみなさんがその音楽を世に送り出します。そして受け手は聴衆であり、視聴者であり、ホームテーピングする人たちです。この三者の環の交流こそ音楽の営みであり、その中で音楽文化は生きて発展していくのです。創り手、送り手、受け手という循環のなかにこそ音楽の営みが存在するという原理は、遠い昔も、科学技術の発達した今日、また将来とも変りはないはずです。
この環の営みが機械によって断ち切られて、コピーの増殖で音楽を消耗し尽してしまうとしたら、音楽の盛大な消費はあっても、文化としての成長発展は止まってしまうでしょう。」「音楽文化の良い循環の形成と法的な権利の調整を、考えられる最も滑らかな方法で実現しようとするこの制度の導入には、文化の問題としても非常に大きな意味がふくまれていると考えています。」
「(4)自由に伴う責任と節度について」では、「この制度によってユーザーの自由は確保され、しかも著作権者等の権利侵害のおそれはなくなるという優れた工夫なのですが、メーカーの方々には、販売の前に手数をわずらわせなければならないのです。現代の企業がもっている大きな社会的な役割や責任からいっても、是非これを引き受けて頂きたいと思っております。」「ソフトとハード、文化と経済の両立は、企業にとっても良い結果をもたらしましょう。けっして無理な負担をかけることにはならないと考えております。」
「(5)企業の社会的役割と責任について」では、「報酬請求権制度は、企業を悪者にすることによって成り立つ理論なのではないかという意見があるとすれば、これについても誤解を解くようにお願いしなければなりません。」と問題提起をしている。
以上
棚野正士 wrote:
―文化庁月報2002.2号(通巻401号)野村萬芸団協会長論文―
IT企業法務研究所代表研究員 棚野正士
「文化芸術振興基本法」について貴重な論文がある。文化庁月報2002年2月号(通巻401号)掲載の芸団協会長野村萬著「『文化芸術振興基本法』の制定」である。
野村萬芸団協会長は同法の制定に至る流れを、正確かつ明確に書いている。文化芸術振興基本法を研究する上で貴重な論文である。制定に至る流れの中で、当初の経過を著者の了解を得て下記に紹介する。
「芸団協の、文化振興に関する基本的法制の整備に対する取り組みは、遠く17年前に遡ります。文化庁の「文化行政長期総合計画」の御提言(昭和52年)や大平総理の委嘱になる「政策研究会・文化の時代研究グループ」の御報告(昭和55年)などの公的な動きを受け、ユネスコの「芸術家の地位に関する勧告」に触発された形で、「芸能文化基本法」の案件が、新たに開催された「明日の芸能文化を語る、<夏のつどい>」に提出されたのは昭和59年のことでした。翌年直ちに「芸能文化問題研究委員会」・「文化政策研究会」の両会を発足させ、広く内外の文化政策に関する資料を収集し、研究に努める傍ら、各方面の意見を徴しつつ我が国の現状分析に努め、平成2年には一歩を進めて、基本法提案を目指して具体的研究に着手することとしました。そして同11年は「芸能基本法委員会」を設置し、昨年(注:2001年)5月にようやくにして、「芸術文化基本法(仮称)の制定および関連する法律の整備を」と題し、「創造的な社会の構築を目指すために」とする、実演家からの提言を「中間まとめ」として、公にし得て、広く論議を喚起し、法制定の実現に向けて集会を催すなど、各方面への働きかけを意欲的に展開するに至ったものであります。」