「私的録音録画問題」を考える三つの話題
IT企業法務研究所代表研究員 棚野正士
1.山本隆司弁護士「クラウド環境における法律問題(2)-アクセスコントロールに対する各国の法整備―」(2012.4.12IT企業法務研究所セミナー)から
山本弁護士はこの中で「アクセス権を創設すべきか」を論じ、アクセス権否定論に対しては、「著作権法30条の私的使用には権利性はない。著作権法30条は、家庭内での複製は零細であって処罰に値しない、という点に立法趣旨があったが、現在のデジタル化・ネットワーク化の環境下では、もはや当てはまらない。『使用は個人の聖域ないし権利』はドグマにすぎない。日本独自のドグマである。」と述べて、「著作物の価値を利用する行為(『鑑賞行為』)は、本来、すべて著作権の対象とすべきである。」と説明した。
これは「アクセス権」に対する考え方であるが、「使用は個人の聖域ないし権利」はドグマにすぎないという判断は「私的録音録画問題」にも直接的に当てはまる。私的録音録画に関しても、日本独自のドグマに陥っているのではないかと思われる。
2.オランダで、私的録音録画補償金の対象媒体を追加指定しないのは違法との判決出される。(著作隣接権センターCPRA PLAZA WEB“CPRA NEWS ONLINE”から)
“CPRA NEWS ONLINE”は次の通り紹介している。
「オランダの実演家団体、NORMA他複数のユニオン及び実演家が、2007年以降、法務大臣が私的録音録画補償金を新たな記録媒体に課すことを凍結する命令を出したことは違法である、とオランダ政府を相手に提起した訴訟の控訴審判決が3月27日に出された。
裁判所は、著作物の私的複製に相当程度利用されているオーディオ・プレイヤーやハード・ディスクレコーダーが課金対象とされていないのは違法であるとし、当該違法行為により被った損害(将来的な損害も含む)について、オランダ政府に対し、補償するよう命じた。
欧州司法裁判所の解釈によれば、EU情報社会指令は、加盟国は特段の理由なく、無視できる程度を超えて、私的複製に使用されるデバイスを補償金の対象から外してはならない、と規定しているとし、重要性が増してきている他のデバイスに対して補償金制度を拡大するかわりに、比較的重要性が低下してきているCDやDVDのみに補償金を課しているのは首尾一貫したシステムとは言えず、CD,DVDの購入者のみに負担を課していることは正当化できないと厳しく断じた。
オランダでは、違法ソースからの私的使用目的のダウンロードを違法にする(刑罰なし)かわりに現行の私的録音録画補償金制度を廃止することが検討されているが、裁判所は、このような国内でペンディングとなっている政治的議論は、本件とは関係がないとしている。」
また、“CPRA news Vol.60”(2011年7月発行)では、「海外の制度と比較してこれからの補償金制度を考える」と題して、ドイツ、フランス、オランダ、オーストリア、スペイン、アメリカ、日本の制度概要を比較しつつこれからの制度問題を論じている(CPRA広報課・榧野睦子(かやの むつこ)職員)。
この中では、「EU加盟各国では、DVDレコーダーは当然のこと、MP3プレイヤーやハードディスク内蔵録画機器をはじめ、携帯電話やパソコンのハードディスクも対象としている国が少なからず存在する。また、定率性をとる日本と異なり、EU加盟各国のほとんどが定額制をとっていることから、CPRAが分配されている私的録音録画補償金額は、フランスやスペインの実演家団体への分配金額に比べて10分の1程度になっている。」と述べられている。
なお、CPRA榧野睦子職員は「コピライト 2011年12号」(CRIC発行)で「欧州における私的複製課徴金制度をめぐる現状」と題する優れた報告を発表している。
3.芸団協が「知的財産推進計画2012」作成に関して、知的財産戦略本部に意見書提出((著作隣接権センターCPRA PLAZA WEB“CPRA NEWS ONLINE”から)
私的録音録画補償金制度の拡充及び再構築について、意見書は次の通り述べている。
「政府は、コンテンツのデジタル化・ネットワーク化により著作物等の私的な録音・録画が著しく増大している一方、これに対する著作権等の制限に関する補償措置である私的録音録画補償金制度が十分に機能していないアンバランスを解消するため、コンテンツ利用者の利便性を損なうことなく権利者への適切な対価の還元を実現する私的録音録画補償金制度の拡充・再構築案をすみやかに策定し、2012年中にその実施のための具体的施策を講じる。
『知的財産推進計画2010』では、「デジタル化・ネットワーク化に対応した著作権制度上の課題(保護期間、補償金制度の在り方を含む)について総合的な検討を行い、検討の結果、措置を講じることが可能なものから順次実施しつつ、2012年までに結論を得る」としている。
これを踏まえて策定された『知的財産推進計画2011』の戦略実施の工程表には、「補償金制度については、コンテンツ利用の利便性向上とクリエーターの権利保護のバランスについて、関係者の合意形成に向けた検討を進めるため、経済産業省と文部科学省による検討会を設置する。当該検討会の結果を踏まえ、補償金制度の見直しに関する関係者の合意形成を目指す。」とされている。
しかしながら、経済産業省及び文部科学省は、いずれも関係者の合意形成に向けて主導的な役割を果たすことができず、この問題についての解決の方向性すら見出せないでいる。
そもそもこの問題については、文化審議会著作権分科会が平成17年1月に取りまとめた『著作権法に関する今後の検討課題』における、(1)ハードディスク内蔵型録音機器等の追加指定、(2)現在対象となっていない、パソコン内蔵・外付けのハードディスクドライブ、データ用CD-R/RW等のいわゆる汎用機器・記録媒体の取扱い、(3)現行の対象機器・記録媒体の政令による個別指定という方式の見直しの3点につき検討するという方針、及び平成18年1月の『文化審議会著作権分科会報告書』に基づき、私的録音録画小委員会において30回もの関係者間協議が行われた。しかし、これらの協議においては関係者間の利害の対立が強調されるばかりで、結局、課題解決の方向性さえ見出すことができなかった。他方、協議が行われた6年間にも、著作物等のデジタル化に伴う私的録音録画の増大はますます進み、権利者が受ける不利益は看過できない深刻な状態に至っている。
クリエーターに対する正当な利益の還元なくしてコンテンツ業界の活性化はありえないのであり、コンテンツ業界の活性化がなくては“クールジャパン”のグローバル展開など絵に描いた餅である。もはや課題の解決を「関係者合意」に係らしめようとする従来の手法によっては、これらの問題を抜本的に解決することは困難といわざるを得ない。
かかる状況を打開するためには、クリエーターに適切な対価を還元させることにより知的創造サイクルを活性化し、日本の誇るコンテンツを世界に発信するという知的財産戦略の基本に立ち返り、知的財産戦略本部の主導により、国家戦略として、コンテンツ利用者の利便性と権利者への対価の還元のバランスのとれた私的録音録画補償金制度の拡充・再構築を積極的に図る必要がある。」
上記意見書が述べるように、私的録音録画補償金制度については、文化庁の著作権政策の枠を越えて、知的財産戦略本部の主導により、国家戦略として制度の拡充・再構築を図ることが重要であると考える。“クールジャパン”のグローバル展開という国家戦略の立場に立って、権利者、メーカーが国家目標のために協力し合うことが必要である。当事者の対立関係ではなく協力関係で共通の目標を求めるべきである。
以上