錦織弁護士、LAITセミナーで“パブリシティ権”を講義
IT企業法務研究所代表研究員 棚野正士
4月18日、有楽町の蚕糸会館会議室で開催したIT企業法務研究所(LAIT)セミナーで、一般社団法人日本音楽事業者協会(音事協)顧問錦織淳弁護士は「パブリシティの権利の法社会学的考察」と題する講義を行なった。
音事協は2005年「パブリシティ権擁護対策本部」を設置し、錦織弁護士を中心に日本を代表する学者の協力を得てパブリシティ権研究会をスタートさせた。
目的は「芸能人の氏名・肖像の商業的利用に関する経済的価値(パブリシティ)の法的保護についての調査、研究並びに立法提案とその実現」である。「調査・研究」と「立法に関する提言等」を目的の二本柱に掲げており、近々その報告書が音事協から出される予定である。
こうした状況を受けてLAITは音事協の協力を得て、今回のセミナーを開催した。
錦織弁護士は事前のセミナー概要で次の通り述べている。
「パブリシティの権利の観念は,アメリカのコモンロー上生成されたThe Right of Publisityを我が国に輸入したものである(阿部教授他の功績)。それは,まぎれもなく財産権であった。
その後我が国でもパブリシティの権利が判例法上認知されていくことになるのだが,当所は財産権としての理解が主流であるかの如くみえた。ところが,その後氏名・肖像権との概念的区別が整理されないまま肖像パブリシティ権なる用語が定着する一方で,いつの間にか人格権理解が判例の主流に浮上してきたようだ。
先般のピンクレディ事件の最高裁判決は,最高裁として初めてパブリシティ権を真正面から肯定したものだが,これによってこの権利は不動のものとして確立された一方で,この権利の法的性格や妥当領域について多くの課題を投げかけることとなった。
この最判は,パブリシティの権利がいかなるものかにつき興味深い視点を提供してくれているものの,最判の理由を検討する限り種々の概念が未整理のまま混在しており,問題は投げ出されたままのように思われる。
さて,それでは今後どうしたらよいかということだが,肝心なことは,徒らに観念論に走らず,概念法学の弊に陥らないことである。
私は,二十五年前音事協の顧問に就任したが,最初の仕事は「専属芸術家統一契約書」の見直しということだった。そこで,アーティストとプロダクションの機能・役割分担につき徹底的な実態調査・分析を行った。そして,専属契約の究極の目的は「アーティストのパブリシティ価値の形成・維持」にあるとの結論に至った。
その後音事協に加わった湯浅政義氏(注)による「日米音楽・アーティストビジネスの比較研究」は,われわれの研究成果に磨きをかけた。つまり,日本型プロダクションの役割の本質をとことん追求していくなかで,アーティストのパブリシティ価値の本質がなんであるかを端的に把えることが出来た。(注:LAITは2005年11月17日、音事協湯浅アドバイサーを講師に招いてLAITセミナー「プロダクション・ビジネス」を開催した。)
つまり,アーティストのパブリシティ価値とは,プロダクションとの協同作業によって生み出された商業的価値(財産的価値)」にほかならない。
翻って,我が国においてパブリシティの権利がどのような場面で論じられてきたかというに,それはキャラクターグッズなどの不正使用対策であり,いわば海賊版対策であった。そのため,パブリシティの権利は,あくまで「被害救済法」として発展せざるをえなかった。そこに差止請求の根拠として人格権に傾斜していくという流れが生まれた。
しかし,実はそこに重大な落とし穴があった。そのことを端的に明らかにしたのは,プロ野球選手会訴訟であった。ゲームメーカーのコナミは,パブリシティの権利の「正当な取引」をするためには誰と(どこと)契約すればよかったのか。この単純・素朴にして最も基本的な問いかけに,我が国のパブリシティ権理論は正面から答えることが出来なかった。
まともな「取引ルール」即ち正当な「パブリシティ権の許諾・権利処理ルール」があってこそ,初めて「パブリシティの権の取引市場」が成立する。また,そのような取引市場が存在するからこそ,「海賊版」対策が問題になるはずである。しかし,我が国の法学界において誰もこのことを真正面から論じた者はいない。まことに奇妙なことではないか。
「被害救済法から取引法へ」―これがパブリシティの権利について私の提起する命題である。この課題は観念的なものではなく,きわめて実践的なものである。この課題に真正面から取り組んでいけば,パブリシティの権利の本質はもちろん,その妥当領域もおのずと明らかになるのである。」
錦織弁護士は講義の冒頭、“観念の世界ではなく、事実の中に答えがある”と問題提起し、概念法学に疑問を投げかけつつ、パブリシティの権利を「権利救済法から取引法へ」と情熱的且つ明解に結論づけた。
講義では、(1)「ピンク・レディ裁判」(第三者による「権利侵害」に対する救済の案件)と(2)「プロ野球選手会訴訟」(「権利の帰属」ないし「許諾権の帰属」をめぐる案件)を素材に従来の判例・学説を整理し、圧倒的多数は(1)の類型に属するもの、すなわ「海賊版」対策であり、(2)の類型、すなわちパブリシティの権利の取引に属すものは極めて少ないと分析した。そして、問題は「権利侵害救済法」((1)の類型)にのみ判例・学説が傾斜し、「取引法」((2)の類型)の観点が欠如していることにあると明解に論じた。
具体的問題点として、1権利の主体は誰か。アーティストのみかプロダクションも権利をもつか、2権利の性格は人格権か財産権か、3権利は「譲渡」したり「許諾」したりできるか、そのことと権利の性質とはどのような関連性をもつか、3パブリシティの権利と氏名・肖像権との異同、等々が提起された。
講義では「海賊版対策」の判例として「マークレスター事件判決」など20件の判決が紹介され、「権利の帰属」に関するものとして、加瀬大周事件第一審判決、黒夢事件控訴審判決、長島一茂事件判決が紹介された。これらの判例分析に関する錦織講師の視点は(1)パブリシティの権利を明示的に認めているか否か(2)氏名・肖像権との異同(3)人格権か財産権か(4)「取引法」の観点(その欠如)である。
講義では最後に「日本型音楽ビジネスとアーティストビジネス」でプロダクションの機能・役割が分析され、パブリシティ権取引市場におけるインフラ整備の必要性が説かれた。
以上