文化庁に対する疑問(文化庁指定団体の基本財産処分を巡って)
棚野正士備忘録
―権利者の目で見るか、組織の目で見るか、一つの問題提起―
2007.1.27 IT企業法務研究所(LAIT) 代表研究員 棚野 正士
著作権法上の実演家の権利である商業用レコード二次使用料、貸レコード報酬の権利行使に関して文化庁の指定団体であり、又、著作権等管理事業法に基づく著作権等管理事業者である(社)日本芸能実演家団体協議会(芸団協)(社団法人としての所管も文化庁)の基本財産処分を文化庁が承認して、芸団協はそれを文化庁関連施設である新国立劇場の稽古場に投資する計画が進められている。 この件に関して、文化庁に対して次の疑問を呈したい。
1.芸団協の2回に亘る臨時総会
- 2006年12月14日、芸団協の臨時総会が開かれた。議題の一つは“芸能花伝舎創造スペース増築に伴う基本財産取崩しについて”である。芸団協は旧新宿区立淀橋第三小学校跡地を新宿区から借りて「芸能花伝舎」を運営している。臨時総会では、社団法人である芸団協の基本財産1億3000万円の内1億1000万円を取崩し、その他の資金と合算して1億7500万円を調達。その資金で「新国立劇場」及び「東京二期会」が研修事業に専ら利用する施設を芸能花伝舎内に建設するという計画が審議された。審議の結果、この議題は否決された。
- しかし、前項臨時総会で“否決”という結論が出されたにも拘わらず、同一議題で再び臨時総会が2007年1月26日開催された。 (注:2006年12月の臨時総会で“否決”という審議結果を受けた執行責任者の責任は問われることなく、同一執行部によって再度開催された。) 審議の結果、前回臨時総会で否決された“芸能花伝舎創造スペース増築に伴う基本財産取崩し”は可決承認された。
2.芸団協・基本財産の性格
- 芸団協の財源の殆どは著作権法上の実演家の権利から生ずる“本来実演家あるいは権利者に帰属する金銭”であり、基本財産等もそこから充当されている。その財源を生み出す権利管理機構は、芸団協内の独立的専門機関である実演家著作隣接権センター(CPRA)である。
- 1999年5月27日、参議院文教・科学委員会で実演家の著作隣接権業務を専門的に行うCPRA(実演家著作隣接権センター)について、参考人として芸団協はこう述べている。 「法人芸団協の中にありますけれども、CPRAを日本の隣接権センター、しかも内容的には世界最強のものにしたい。ヨーロッパにおいても実演家の著作隣接権管理はまだまだ発展途上でございまして、隣接権処理のシステムを日本としては世界に発信したい、輸出したいというぐらいの意気込みであります。」(第145回国会参議院文教・科学委員会会議録第13号15ページ)
- CPRA(実演家著作隣接権センター)の基本理念は単純明解である。すなわち、
- 各人のものは各人の下へ
- 権利者のものは権利者の下へ
- 個別分配が原則である(JASRAC型の分配)。
- 管理手数料は、権利の管理に要する費用である。
- 共通目的、拠出金等については権利者の合意に基づいて支出する。 (著作権情報センター「コピライト」1997.7“実演家著作隣接権センター(CPRA)設置とその背景”48ページ)
- 著作者の権利を管理しているJASRAC(日本音楽著作権協会)の場合、徴収した著作権使用料は全て権利者に分配し、手数料は実費弁済に相当する金額しか取っていない。又、文化事業にも基本的に著作権使用料は使われていない。
- 1962年に始まった旧著作権法の大改正を機に、1965年に生まれた芸団協の目的の一つは、「実演に係る著作隣接権者の権利を擁護する」(定款第3条)ことにある。1970年現行著作権法成立に伴い、商業用レコード二次使用料等の徴収分配について文化庁の指定団体になり、1993年からは著作権法上の実演家の権利管理業務を他の業務と区分し明確化するために、芸団協内に独立的専門機関CPRA(実演家隣接権センター)を設置し、実演家の著作隣接権管理業務を行っている。又、2002年からは文化庁の登録を受けて著作権等管理事業者としての業務を行っている。
- 芸団協臨時総会で審議された議題は、“CPRA業務から生ずる財源を源とする基本財産を取崩し、新国立劇場等の稽古場を建設する”というものである。芸団協定款では、基本財産の処分には文部科学大臣の承認が必要であると謳われているが、文化庁はこれを認める方針であると思われる。
3.文化庁に対する疑問
- 実演家の著作権法上の権利から生ずる金銭を財源とした基本財産について、実演家の著作権法上の権利行使団体を指定し、かつ著作権等管理事業者として登録する文化庁が処分を承認し、それを文化庁関連施設である新国立劇場の稽古場に投資させることが果たして許されるのであろうか。国の行政組織の倫理感覚としても多分に問題があると言わざるを得ない。
- この計画は、文化庁からの要請によるものではなく、芸団協から提案されたものであると考えるのが妥当である。しかし、芸団協の基本理念“実演家の著作隣接権業務を中心事業として行い、国際的モデルとなることを目指し著作隣接権センターを創設する”ということから勘案すると、公益法人でありながら建物等の賃貸業を営み、又、基本財産を取崩してまで国(形の上では独立行政法人)のための施設を造ろうとする意図は到底理解できない。
- そこには、「団体の視線、団体の目」しかなく、「権利者の視線、権利者の目」はない。権利者の財産を源とする基本財産を取崩して建物を造り、新国立劇場等を相手に賃貸業を営むことは団体の利益、団体の思惑でしかない。権利者の視線、権利者の目から問題を見ていない。大切なのは「権利者」であり、「団体」ではない。
- 又、「権利者の視線、権利者の目」だけでなく、「国民の視線、支払者の目」も忘れられている。支払者は著作権法上の法的義務として、権利者に著作物等の利用の対価を支払っている。例えば“私的録音録画補償金”一つを取っても、一億総国民が支払者である。その対価がこのような使われ方をすることを支払者、あるいは広く国民は納得するだろうか。
- 芸団協の姿勢に、実演家及び権利者の組織として進むべき方向性と基本理念を見出すことは難しいが、それ以上に分からないのが文化庁の姿勢である。今回の計画が芸団協から文化庁に提案されたものであるにしても、著作権法上の実演家の著作隣接権管理を主業務とする団体がこのような事業を行ってよいかどうか、又、そのために基本財産を取崩すことが許されるかどうかについて、文化庁がどのような判断をしたかを理解することはできない。
- 公表されている芸団協定款(第36条)によると、「基本財産は、譲渡し、交換し、担保に供し、又は運用財産に繰り入れてはならない。」と定められている。ただし、
- この法人の業務執行上やむを得ない理由があるときは、
- 理事現在数及び正会員現在数の各々3分の2以上の議決を経、
- かつ文部科学大臣の承認を受けて、
- その一部に限り
- 前項に記載する基本財産処分の制限条件を考えても、文化庁が基本財産処分を承認することは考えられない。又、芸団協の設立趣旨、目的及び事業、さらにCPRA設立の基本理念から考えてもそれを理解することはできない。 前項3で文部科学大臣の承認とあるが、文部科学大臣が所管する独立行政法人が利用する施設を建設することを前提に、文部科学大臣が民間団体の基本財産処分を承認することは、芸術文化行政上大きな問題を残すのではないだろうか。
- ただし、この問題は文化庁の内部連絡の行き違いがあるのかもしれない。法人としての芸団協の所管は芸術文化担当部門であり、基本財産処分はそこで判断される。新国立劇場の所管もその部門である。芸術文化担当部門では著作権行政は関係がないため、実演家の著作隣接権業務について配慮が徹底されてないのかもしれない。 逆に、著作権担当部門からすると、新国立劇場の問題であるため、指定団体であり著作権等管理事業者である団体の基本財産が処分されて、新国立劇場のために使われることは認識してないのかもしれない。日本の著作権行政に長年信頼感を抱いてきた者としては、理解を超えた今回の計画が行政府の内部連絡の行き違いから生じたものであると信じたい。
今、日本は「世界最先端の知的財産立国を目指す」(知的財産戦略本部「知的財産推進計画2006」5ページ)ことを目標としており、「著作権」は重要なる課題になっている。実演家の著作隣接権を担う芸団協、とりわけ独立的専門機関である著作隣接権センター(CPRA)は、権利者の視線を保持しながら、権利者の目で、さらには国民の目で、今日の国家的課題に取組まなければならない。そうでなければ、国民の支持を得ることはできないのである。
以上
[あとがき] 文部科学大臣が所管する新国立劇場の稽古場を建設することを前提に、文部科学大臣が民間団体の基本財産取崩しを承認するという話は信じることが出来ません。不思議の国で不思議な夢を見ている気がします。本文はささやかな“問題提起”として発表するものではありますが、わたくしにとっては“武士の一分”であると思っております。ご批判頂ければ幸せです。
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