2000年WIPO外交会議での課題

棚野正士備忘録

IT企業法務研究所主任研究員 棚野正士 (ALAI JAPAN研究会で報告、04.11.27/05.1.18修正)

1.実演家を保護する最初の国際条約は、1961年ローマで作成されたローマ条約です。正式名称は「実演家、レコード製作者及び放送機関の保護に関する国際条約」(実演家等保護条約)です。 このローマ条約では、第19条(映画に固定された実演)で「この条約のいかなる規定にもかかわらず、実演家がその実演を影像の固定物又は影像及び音の固定物に収録することを承諾したときは、その時以後第7条(注:実演家の権利)の規定は、適用しない。」と定めています。 1961年10月10日から26日までローマで開催されたローマ条約外交会議の記録(1968年ILO、UNESCO、BIRPI発行)を見ると、第19条はアメリカの提案で採択されたと記されています。視聴覚的実演の保護に関する国際的な対立の構造はその時から続いているように思われます。 2.1961年に形成された実演家の権利の国際秩序を見直す動きが、レコード製作者の権利の見直しとともに、1993年からWIPOで始まり、1996年12月に開催された外交会議で「WIPO著作権条約」とともに「WIPO実演・レコード条約」(WPPT)(正式名称は「実演及びレコードに関する世界知的所有権機関条約」)が作成されました。 しかし、アメリカとEUの激しい対立のため、WPPTは音の実演を対象とし、視聴覚的実演の保護は除かれました。 このため、1998年までに視聴覚的実演に関して、WPPTの付属条約となる「視聴覚実演に関する議定書」を作成することを求める決議をして、その後WIPO専門家委員会、又著作権・著作隣接権常設委員会で検討が行われてきました。 3.その検討を受けて、2000年8月1日にWIPO著作権等常設委員会議長により、条約草案が公表されました。この条約草案は常設委員会に提出された各国提案とそれまでの議論を踏まえて作成され、意見の別れている条項については複数の選択肢が提示されました。 この条約草案を基に、2000年12月7日から20日まで、WIPO視聴覚的実演の保護に関する外交会議が開催されました。しかし、EUとアメリカの対立のため、前文及び内容に関する20条項の内、19条項については合意に達しましたが、1条項について合意に至らなかったため、新条約は採択されず次の2点について確認して閉会しました。(注:条約の名称は、草案ではWPPTの付属条約となる「視聴覚的実演に関するWIPO実演・レコード条約の議定書」<EU案>と独立した条約となる「WIPO視聴覚的実演条約」〈アメリカ案〉が提示されていたが、結果は後者で合意した。) 1.19の条項について暫定的な合意に達したことをノートする。 2.2001年の9月のWIPO総会において、残された点について合意に達するために次の外交会議の開催を検討するよう、勧告する。 合意に達しなかった1条項とは条約草案第12条の「権利の移転」(実演家から製作者への権利の移転)です。 権利の移転に関しては、2000年8月に公表された常設委員会議長草案では、E案、F案、G案、H案4つの選択肢が併記されておりました。E案は、実演家の権利は製作者に自動的に移転するというもの、F案は、製作者は権利行使の資格をもつというもの、G案は移転に関する適用法を定めるもの、H案は規定なしとするものです。 4.12月の外交会議では、EUとアメリカの対立構造の中で、国際私法の考え方を取り入れたG案を基本に修正案が積み重ねられて条文案が検討されました。最終的に議論が煮詰められた第12条は次の通りです。(「コピライト」2001.2文化庁国際著作権専門官遠藤健太郎「WIPO視聴覚的実演の保護に関する外交会議の結果についてー19の条項につき暫定合意したものの、新条約採択は持ち越しー」から) 第12条(排他的許諾権の移転及び行使) (1)締約国は、この条約に規定する排他的許諾権が、実演家から視聴覚固定物の製作者へ移転すること、又は、実演家の固定への同意に伴い製作者により行使できることを定めることができる。 (2)国際的義務及び国際公法又は国際私法を害さない限りにおいて、本条約により与えられた排他的許諾権の合意による移転、又は、 [当該権利を行使する合意](注:EU案)[実演家の固定への同意に基づく当該権利を行使する権原の付与](注:アメリカ案)は、 当事者間で選択された国の法令、又は、実演家と製作者の間の合意において準拠する法令が選択されていない限りにおいては、当該合意に最も密接に関係した国の法令の定めるところによる。 5.第12条は外交会議終了二日前の12月18日深夜2時40分に終ったワーキンググループ会議では、アメリカとEUが対立しながらも修正案が積み重ねられて、最終案にある「権原の付与」(entitlement)という一語にまで議論が煮詰まった感がありました。しかし、この一語に集約された対立の構造は最終日前日の12月19日深夜2時まで続いた会議でも解決できず、結局、アメリカとEUの対立のまま、暫定的な合意を確認して終了しました。 WIPOにおいては現在、総会で検討が継続されています。

以上

コメント

棚野正士 wrote:
2000年12月19日深夜、ジュネーブから東京へのメール
―2000年12月7日―12月20日開催「視聴覚実演に関するWIPO外交会議に寄せてー

IT企業法務研究所代表研究員 棚野正士
(元芸団協専務理事)

12月7日から開催されてきたWIPO外交会議は大詰めを迎え、ワ−キンググループ会議(WGM)における検討も終わりに近づき、12月18日深夜2時40分に終了したWGMでは、「条約は99%仕上がる」(日本政府関係者)と思われる段階に来ておりました。その段階で残された課題は第12条(権利の移転及び権利行使)第2項の「entitlement」という用語をどう考えるかというEUとアメリカの意見対立の調整でした。
 しかしながら、12月19日WGMで前記課題について継続検討の結果、EUとアメリカの対立は解決されず妥協に至らないままの状態が続いており、12月19日深夜時点で、最終的には条約作成に至らずという予想もしていなかった最悪のシナリオになることが必至の状態になっています。
 1961年ローマ条約以来40年振りの国際規範づくりが20世紀最後の時間に完成することが確信されておりましたが、「entitlement」という一語のために最後の最後の段階になって急変しています。条約は今瀕死の状態になっています。「実演家のため」の条約が、アメリカ映画産業とEU映画産業の対立の間でもろくも崩れようとしています。「実演家保護」が「産業保護」の視点からのみ論じられているように思います。
 今の時点(12月19日深夜2時)では条約づくりは失敗しそうです。但し、第12条を除いては、今回の外交会議では実演家の権利は人格権を含めてすべて合意されています。この国際的合意は歴史的事実であり、これを梃子にして、今度は国内法改正に最大の力を尽くす必要があります。
外交会議は負の結果となりますが、中味は大きな成果を生んでいます。この成果は国内に対する武器になると信じます。日本の実演家組織が再び力を総結集して、武器を活かして負をプラスに転じることが求められます。
以上が12月19日の状況ですが、最終的には外交会議最終日12月20日朝10時からのメイン会議で結果が確認されます。選択肢としては。
?奇跡的に条約成立の可能性が出てくるか。(12月19日徹夜で調整が行われることを期待します。)
?WIPO総会に対して外交会議を再び開催することを求めるか。
?今回の外交会議の終了を宣言するか。
の三つです。
会議の好転を祈るような気持ちで取り急ぎ報告します。しかし、結果がどうであれ、実演家の尊厳にかけて絶対に負けるわけにはいきません。 以上 
(2000年12月19日深夜、ジュネーブにて)

(追記) 2000年12月7日から20日まで、WIPO視聴覚実演の保護に関する外交会議が開催されたが、EUとアメリカの対立のため、前文及び内容に関する20条項の内、19条項について合意に達したが、1条項について合意に至らなかったため、次の2点について確認して閉会した。(条約の名称は、草案ではWPPTの附属条約となる「視聴覚実演に関するWIPO実演・レコード条約議定書」<EU案>と独立した条約となる「WIPO視聴覚実演条約」(アメリカ案)が提示されていたが、結果は後者で合意した。
?19の条項について暫定的な合意に達したことをノートする。
?2001年の9月WIPO総会において、残された点について合意に達するために次の外交会議の開催を検討するよう、勧告する。

2012-07-13 16:55:15

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