著作権法上の実演家の「録音権・録画権」を「複製権」に ―古くて新しいひとつの提案―

棚野正士備忘録

2010.5.6 IT企業法務研究所代表研究員 棚野正士

1.はじめに

 例えば、歌舞伎俳優の舞台における演技は「実演」(著作権法2条1項3号)であり、俳優は「実演家」(著作権法2条1項4号)として、その実演に関して「録音権及び録画権」をもち、「実演家は、その実演を録音し、又は録画する権利を専有する。」(著作権法91条1項)ことになる。この場合、「録画」とは「影像を連続して物に固定し、又はその固定物を増製すること」(著作権法2条1項14号)である。すなわち、影像を「連続」して固定することであり、「静止」して固定することではない。このため、実演の写真については、実演家としての俳優は著作権法上の権利(著作隣接権)を主張できないということになる。  これに対して著作者は「複製権」(著作権法21条)をもち、「複製」は「印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により有形的に再製すること」(著作権法2条1項15条)と定義されているため、録音、録画だけでなく写真についても権利(著作権)をもつことになる。なお、放送事業者の場合は、録画権ではなく複製権をもっているため、テレビ画面の録画についても、又その写真撮影についても許諾権をもっている(著作権法98条)。  この問題について、加戸守行『著作権法逐条講義五訂新版』(著作権情報センター、2006)は、「本項(注:91条1項)では、実演の録音・録画以外の複製権を規定しておりませんので、実演を写真に撮ったりスケッチすることには実演家の権利は及びません。(略)例えば実演の舞台中継をテレビで流している場合にその一場面を写真に撮影することについては放送事業者の権利が働くのに実演家の権利は働かないこととなっておりますので、その間のバランス論が一つ将来の問題として残されております。」(488ページ以下)と述べている。  「歌舞伎の舞台で大見得を切った決定的瞬間であれば単純な連続動作よりも鑑賞的価値が高い」(前掲逐条講義489ページ)ということも言え、実演家にとっては「録音権・録画権」か「複製権」かという問題は重大な意味をもっている。  従って、実演家の権利の拡大、特に肖像権・パブリシティ権に関する法的手当ての一つとして、録音、録画及び写真的複製に関して排他的権利を実演家に認めると如何か。  すなわち、第91条(録音権及び録画権)「実演家は、その実演を録音し、又は録画する権利を専有する。」を「実演家は、その実演を録音し、録画し、又は写真その他これに類似する方法により複製する権利を専有する。」と改正するか、あるいは「実演家は、その実演を複製する権利を専有する。」と改正すると如何か(注:「複製」には第2条第1項第15号により録音、録画の他写真により有形的に再製することが含まれる)。

2.現行著作権法の立法過程における検討

 文部大臣の諮問を受け、昭和41年4月20日に著作権制度審議会が現行著作権法の制定に向けた答申を行うのと前後して、文部省著作権課内において、具体的な条文の起案作業が進められたことが窺える。(社)著作権情報センター資料室には、昭和41年9月1日付け「著作権法の全部を改正する法律案(文部省著作権課草案)」と題する資料が所蔵されている。これを見ると、 「第92条(複製権) 実演家は、次の各号に掲げる場合を除き、その実演を映画において複製し、又は写真により複製する権利を専有する。

  1. その実演が実演家の許諾を得て映画において複製されたものであるとき。
  2. その実演が実演家の許諾を得て写真により複製された場合において、当該複製物を当該許諾に係る目的と同一の目的のために増製するとき。」
としている。  この草案を見る限り、著作権課では、写真による複製を含む実演家の複製権を考えていたと思われる。事実、「新著作権セミナー第13回―著作隣接権(つづき)―」(ジュリスト481号(1971))で佐野文一郎氏(記事での肩書きは「文部省企画室長・元著作権課長」)は次の通り語っている。   「放送事業者は九八条で写真による複製権を認めていますから、テレビジョンの画面を写真に撮ることについて放送事業者は権利を持つ。しかし、実演家は舞台で踊っているところを写真に撮ることについて権利がないということになっています。この区別の説明は、放送事業者にも実演家にも、放送なり実演の固定についての権利を認めるのである。その場合、放送の固定といえば、電波の瞬間的な固定も固定である。だから写真複製も認める。しかし、実演の場合には舞台で踊っている一瞬間を固定するのは、実演の固定ではなかろう。実演というのはある程度そこに連続したものがあるはずなんで、それを固定するから実演の固定ということが問題になるんだ。写真にとるのは実演の固定ではないという説明になるのですが、私は個人的にはそこは反対なんです。(笑) やはり写真による複製権を実演家にも認めるべきだと私は思っています。」(104ページ以下)

3.韓国著作権法に見る実演家の「複製権」

 大韓民国著作権法(1986年12月31日法律第3916号)第63条(録音、録画権等)は「実演家は、その実演を録音若しくは録画し又は写真で撮影する権利を有する。」と規定している(『外国著作権法令集(7)-韓国・台湾編-』(著作権資料協会,1987))。「写真で撮影する権利を有する」ことを定めていることは、日本の著作権法における実演家の権利と異なる特徴である。その後改正された大韓民国著作権法(1995年12月6日法律5015号)では、第63条(複製権)は「実演者は、その実演を複製する権利を有する。」と規定して、第2条(定義)14号(複製)で、複製とは「印刷、写真、複写、録音、録画若しくはその他の方法により有形物に固定し、又は有形物として再製作すること(以下、省略)」と定義している(金亮完訳『外国著作権法令集(35)-韓国編-』(著作権情報センター、2006))。

4.おわりに

 実演家の肖像権・パブリシティ権について、新たな立法が検討されてよいと考えるが、まずは現行法である著作権法第91条(録音権及び録画権)、第2条(定義)を改正するとどうかと考える。韓国法はそのモデルになる。

以上

コメント

上原伸一 wrote:
ウ〜ン、実演の写真的複製については、悩ましいと思っています。理論的には、実演が、「著作物を演じるか、芸能的性質を有するもの」と言うことだと写真的切り取りは、実演を写し取っているのかな?と言う思いがあるからです。例えば、オーケストラの演奏時の写真は実演の複製(定義から理論的に考えるのではなく直感的にですが)でしょうか?
かといって、決めぜりふのポーズや、それこそ歌舞伎の六方を踏んでいるところなどは実演を写し取っているような気はします。
結論としては、個人的には、実演の写真的複製は、複製権でまとめるのではなく写真的複製の権利を実演家に追加して、その権利については許諾して写真複製されたものでも、以後権利が消えないようにする工夫をしたらどうかと思います。反対が多いかもしれませんね。
ただ、大家先生がコメントされているように、実演の写真的複製が、肖像権・パブリシティ権により実質的に保護されている実態であるなら、実演の写真的複製に関してワンチャンスではない権利を実演家に認めても良いのかなと思います。「実演の写真的複製」の定義で、当初の違和感が消える工夫はできないでしょうか。相当に難しそうには思いますが。

2010-05-12 10:39:08
大家重夫 wrote:
舞台中継の一場面の写真について、実演家には、著作隣接権が及ばない、「録音権」「録画権」はあるが、「複製権」がないからだとの指摘は、正しい。しかし、このことは、大きな実害がなかった。何故ならば、判例によって、人格権としての「肖像権」と財産権としての「パブリシテイ権」が認められていたからだ、というのが私の見解です。
「実演家の権利の拡大、特に肖像権・パブリシテイ権に関する法的手当ての一つ…」は不可解です。
俳優協会が舞台写真について、歌舞伎俳優から、彼等が、それぞれ持つパブリシテイ権(判例により認められている)の委任を受けて、写真家から、パブリシテイ権使用料を徴収し、これを俳優に配分しているのはご承知の通りです。もし、御説のように、実演家に「複製権」を認めると、これは、財産権ですから、1枚の舞台写真について、その複製権
とパブリシテイ権(財産権)の2つが存在することになります。それは、かまわないと思います。どちらで、読むとしても、二重取りは出来ないでしょう。「複製権」を認めることにより、むしろ、「パブリシテイ権」無用論がでるでしょう。
棚野正士説は、肖像権・パブリシテイ権を、判例で読むのでなく、法律の条文にしたい、
というのであれば、著作権法の中の著作隣接権は、このままでいい、ということになり、著作権法の中の著作隣接権に「複製権」を容れるとすれば、パブリシテイ権を法文化することは必要でない、という議論と結びつき易い。
写真による複製権を実演家に認めなかったことによる「実害」「実演家の不利益」の具体例を揚げて欲しい。わたしは、肖像権・パブリシテイ権が判例でみとめられていたため、不都合がなかったのでないか、と思うのです(おニャン子クラブ事件は、複製権で訴えられるべきだったかも知れない。)。

2010-05-08 21:22:19

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