私的録音録画補償金問題に関するしろうとの点描的考察(2) ―協力義務を負うメーカーの姿勢―
棚野正士備忘録
2010.7.12 IT企業法務研究所代表研究員 棚野正士
1.第125回国会衆議院文教委員会における参考人斉藤博教授の意見
平成4年11月26日開催の衆議院文教委員会で、私的録音録画に関する著作権法一部改正法案(内閣提出第5号)が審議され、参考人として斉藤博筑波大学教授・著作権審議会委員(当時)が次の通り意見を陳述した(第125回国会衆議院文教委員会議録第一号18頁から一部抜粋)。 「その案を見させていただきますと、長い年月をかけただけのことはあるというのでございましょうか、ディジタル時代にふさわしい、国際的にも新しい規定を見ることもできます。あるいは国際著作権界に誇り得る考えも盛り込まれているように思います。 一つ例を申し上げますと、この法律案の30条の2項、新たに加えられます2項によりますと、「録音又は録画を行う者は、相当な額の補償金を著作権者に支払わなければならない。」このように、録音または録画を行う者が何がしかの金銭を支払うように、このように書いてございます。これは他の先進諸国がなそうとしてできなかった規定でございます。(太字は筆者) 大分古い話でございますが、ドイツが1965年法を制定するに際しまして、その前に政府草案が出されました。これによりますと、やはりユーザーが報酬を支払う、こういう規定になっていたのでございます。しかしその後、果たしてそのユーザーが直接任意に支払うだろうか、さらには家庭に法律が介入するのはプライバシーの保護の点でもいかがなものか、こういう消極論が出まして、結局のところは製造者または輸入者がその種の報酬を支払う、こういう規定に落ちついたところでございます。 これは、アナログ時代におきましては、確かにこの種の規定、実行するに難しいところかもしれません。しかし、ただいまのようなディジタル時代に入りますと、状況は一変してくるように思います。情報がディジタル化されているということになりますと、今度それに対応しまして、ただいま研究段階でございますけれども、プリペイドカードとかデビットカード、こういうカードをハードに挿入しまして、そしてどの曲を録音したかあるいはどの絵を録画したか、こういうことがカードで読み取ることができます。そのカードを集計しますと、具体的に個々のユーザーがどういう曲をあるいはどういう絵を複製したか、これが記録として残るわけでございます。これに応じましてユーザーが報酬を支払うということになりますと、具体的な、個別的な利用に応じました報酬を支払うという、ある意味では理想的な形になるわけでございます。ただいまは研究段階でございます。しかし、ディジタル技術の開発を考えていきますと、その種の技術の実用化もそう遠い先のことではないと思うのでございます。この規定の起草者はそこまで見越してお書きになったのであろうか、その辺は定かではございませんが、しかし、この種の規定、ディジタル化時代には最も先端を行く規定になるのではないか、このように思います。 当面は第二段階としまして、特例としまして、機器それから記録媒体のメーカーに協力義務を課しまして一括処理する、一括補償金を徴収する、こういう仕組みにいたしているようでございます。こういう二段構えの非常に現実的な規定を設けましたということは、極めて敬服に値することであろうかと存じます。」
2.関係者合意による私的録音録画補償金制度の維持発展
前項の斉藤博教授の意見は、平成4年著作権法一部改正法成立時の衆議院文教委員会における参考人意見で、14年前のものであるが、日本の私的録音録画補償金制度がもつ意味合いが今も色褪せていないことを表している。 世界で初めて私的録音録画に係る報酬を定めた西ドイツ(当時)では、1965年9月9日の著作権・著作隣接権に関する法律(著作権法)第53条第5項で、次のように定めている。 「著作物が、私的使用のために、放送を録画ないし録音物に収録することにより、又は録画ないし録音物を他の録画ないし録音物へ転写することによつて、複製されることが、著作物の性質上、期待される場合には、その著作物の著作者は、そのような複製に適した機器の製造者に対して、その機器の販売によつて生ずる複製の可能性について報酬の支払を目的とした請求権を有する。その機器を、この法律の適用地域において営業として輸入又は再輸入する者は、機器の製造者とともに連帯債務者として責めを負う。」(著作権資料協会1983年発行・斉藤博訳「外国著作権法令集(1)ドイツ連邦共和国(西ドイツ)著作権法」30頁) この規定について、斉藤教授は意見陳述で、1965年法制定前の政府草案ではユーザーが報酬を支払う規定になっていたが、果たしてユーザーが直接任意に支払うか、又、家庭に法律が介入するのはプライバシーの保護でいかがなものかという消極論が出て、結局製造者又は輸入者がその報酬を支払うという規定に落ち着いたと述べている。その後、私的録音録画に関する報酬請求権を定めた全ての国でも、報酬は製造者又は輸入者が支払う規定となっており、私的録音録画する者が支払う規定とはなっていない。 このことを考えると、日本は私的録音録画に関して、先進国が果たそうとしても出来なかった規定をもっており、世界に誇るべき制度を有する国であると言える。 他方で、世界に誇るべき日本の私的録音録画補償金制度を考えた時、「SARVH・東芝私的録画補償金訴訟」におけるメーカーの姿勢は視野狭窄に陥っていると言えないだろうか。 世界的メーカーであれば、著作権法制においても、日本の世界における位置付けを認識して世界に誇るべきシステムの維持発展に努力して欲しい。何故なら、「製造者は、著作物を成程直接には利用しないで、単に装置のみを提供するに過ぎない。しかし、経済的には、彼は著作者財の用益者でもある」(斉藤博「著作権法第53条5項に対する憲法異議と連邦憲法裁判所の判断」・コピライト1975年4月・169号3頁)からである。 SARVH・東芝私的録画補償金訴訟について、大家重夫教授と話し合っている時、同教授は「東芝はドイツなどヨーロッパでは私的録画補償金を支払っていると思うが、何故、日本では払わないだろうか。」と素朴な疑問を口にされた。 確かに、ヨーロッパでは支払うが日本では支払わないという世界的メーカーの姿勢は理解を超える。 私的録音録画補償金の“支払い義務者”である消費者のひとりとして、メーカーが世界に誇る日本の法制度の維持発展に尽くして欲しいと願う。
以上
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