知的財産推進本部「知的財産推進計画2012」作成に関する私的意見

棚野正士備忘録

2012.2.6 IT企業法務研究所代表研究員 棚野正士

 政府・知的財産推進本部は知的財産基本法第23条に基づき、知的財産の創造、保護及び活用に関する推進計画を毎年作成している。  「知的財産推進計画2012」について、知的財産推進本部はパブリック・コメントを募集しており(1月16日-2月6日)、これに関連して、ウェブ上で私的意見を下記の通り申し述べたい。

1.はじめに

「知的財産推進計画2011」は「2 日本の危機、東日本大震災のショックと新たなチャンス」(2頁以下)の中で、「ピンチこそ大きな変革に向けたチャンスである。」「総合的な知財マネジメントに立脚しつつ、新たな活路を切り拓かねばなならない。それは実現可能であり、かつ実現しなければならない。例えば、日本人の美意識や優れた文化的伝統は、我々日本人が気付かないうちに世界で多くの共感を得るようになっている。」「『クールジャパン(素敵な日本)』という言葉に代表されるように、日本固有のアイデンティティへの憧れや関心が、草の根から静かな広がりを見せている。」、「我々の気付かない新たな『クールジャパン』の可能性が無限に広がっている。戦後、自由な精神的活動を保障する環境の中で、才能溢れるクリエーターたちの自由な発想と創造をその原点として、日本の強みを支えてきた。」と述べている。  “ピンチをチャンス”と捉えて時代の変革を求め、戦略の一つとして“クールジャパン戦略”を構築する視点から、下記2点について意見を申し述べたい。

2.アーティスト人材の基盤強化

2002(平成14)年に成立した知的財産基本法に基づき、2003(平成15)年以降、『知的財産の創造、保護及び活用に関する推進計画』(以下、「知的財産推進計画」という)が、毎年作成されている。以降毎年見ると、知的財産の創造、保護及び活用に関する推進計画が政府の行動計画として総合的に提起され、具体的施策の宝庫となっている。  「コンテンツ」という言葉に注目しても、“映像コンテンツ”“音楽コンテンツ”“デジタルコンテンツ”等が議論されている。  しかし、「コンテンツ」に関して言えば、「知的財産推進計画2004」以降欠落している論点があるように思われる。それは、「アーティスト」こそ究極のコンテンツであるという視点である。コンテンツを創るのは、人である。アーティスト、クリエーターである。人なくしてコンテンツはあり得ない。人こそ究極のコンテンツである。  プロデューサー人財の育成、基盤強化は「知的財産推進計画」の中で提起されている。しかし、アーティスト人財こそ重要であり、クールジャパン戦略の成否を決める重要な要素である。  とりわけ、「アーティスト保護」という視点から、著作権問題を含む国家戦略としての芸術文化政策が検討されなければならない。このことは、次のような法律や国際文書の中にも見ることができる。 「文化芸術振興基本法」第2条(基本理念)第2項は「文化芸術の振興に当たっては、文化芸術活動を行う者の創造性が十分に尊重されるとともに、その地位の向上が図られ、その能力が十分に発揮されるよう考慮されなければならない。」と規定し、“地位の向上”を基本理念として特記している。 また、国際文書として、ユネスコによる「芸術家の地位に関する勧告」(1980年第21回ユネスコ総会採択)がある。「勧告」では、「芸術家の適性と訓練」「社会的地位」「芸術家の雇用、労働及び生活の条件―専門的職能団体及び労働組合」「文化政策及び参加」等について、ユネスコ加盟国の指導原理が詳述されている。 このような国内外の背景に鑑みても、「知的財産推進計画」においても、アーティスト、芸術家の育成、保護の基盤として、その地位に関する法的整備、社会的認識の構築が必要である。アーティストの育成、保護に関する基盤整備によって、クールジャパン戦略は確かなものになると考える。 なお、「芸術家の地位」に関する問題については、日本を代表する実演芸術家の団体である社団法人日本芸能実演家団体協議会(芸団協)(注)が取り組むことは社会的使命である。参考までに、芸団協の設立趣意書の一部を紹介する。

芸団協(社団法人日本芸能実演家団体協議会)設立趣意書から (昭和40<1965>年12月7日設立総会。会長 徳川夢声、正会員団体21、東京文化会館大会議室) 「わが国の芸能界は、古い歴史的伝統に支えられ、それぞれの時代に於てすぐれた代表的芸能家を生み出しながら、世界に誇りうる数々の民族文化的遺産を継承発展させつつ今日にいたっております。然しながら、実際にその創造にたずさわって来た芸能家は、旧来必ずしもそれにふさわしい所遇を受けて来なかったのが実情でありました。殊に昨今は、映画放送など視聴覚文化を中心とするマスコミ産業の驚異的発展に伴い、国民文化の中に占める『芸能』の位置も相対的に高められ、その直接の担い手である芸能実演家の社会的責務も又一段と重大になって来て居ります。  このような役割りの重大さにもかかわらず、一般にまだまだ芸能実演家の社会的地位は低く、他の諸分野に比して権利よう護、社会保障その他福祉制度確立の面でも著しい立おくれを示しているのが現実であります。  今日芸能界は、『著作権法の全面的改正』という、全芸能実演家にとってまさに人格権と生活権の根底を左右する大問題をかかえ、かつてないさしせまった状況を迎えているのでありますが、遺憾ながら芸能界は全体としてこれに対する有効な方策を講じ得るような態勢にあるとは言い難いのであります。  私共芸能実演家はこの際はっきりと、将来に向かって眼を開き、この法改正の帰趨を重大なる関心を持って見守ると共に、正に悔いを百年の後に残さないために今後共強力に働きかけて行かねばなりません。」

 (注:2012年度芸団協名簿によると、2012年1月31日現在正会員71団体、傘下芸能実演家55,000人。2012年1月現在、公益社団法人移行申請中)

3.私的録画補償金制度―文化的視点から考えるー

 今、著作権法を巡る大きな問題として「私的録画補償金制度」を巡る訴訟がある。私的録画補償金を受ける文化庁長官の指定管理団体である一般社団法人私的録画補償金管理協会(SARVH)と株式会社東芝との間で争われている。  東芝は、平成21年2月以降に発売したアナログチューナー非搭載DVD録画機器について、私的録画補償金の対象となる著作権法30条2項及び著作権法施行令1条2項3号に定める「特定機器」に該当するかどうか疑義があるとして、私的録画補償金を上乗せすることなく販売した。この補償金を巡る争いである。  争点は、(1)アナログチューナー非搭載のDVD録画機器である東芝製品が施行令1条2項3号の規定する特定機器に該当するか。(2)東芝はSARVHに対し、著作権法104条の5の協力義務として、東芝が販売した東芝製品に係る私的録画補償金相当額を支払うべき法律上の義務を負うか。(3)SARVH主張の東芝による不法行為が成立するか。(4)東芝各製品による録画について著作権者等の許諾があるものといえるか。(5)SARVHが、東芝に対し、著作権法104条の5の協力義務の履行として、支払いを請求しうる東芝各製品に係る私的録画補償金相当額又は損害額、である。  第一審東京地方裁判所判決は平成22年12月27日言渡され、控訴審知的財産高等裁判所判決は平成23年12月22日言渡された。争いは最高裁判所に移ることになろう。

 上記は法的状況であるが、本稿の目的は、SARVH・東芝訴訟に対して、法的吟味を加えようとするものではなく、文化的視点から考察を試みるものである。

(1)協力義務についてー二者間の対立から二者協力によるクールジャパン戦略への挑戦という三角形づくりー

 著作権法は、私的使用を目的として、政令で定めたデジタル方式の録画機器で政令で定めた録画媒体に録画を行う者(以下、ユーザーという)は相当な額の補償金を支払わなければならない(著作権法30条2項)と定めている。これが原則である。  そして、補償金を受ける権利は、文化庁長官が指定する指定管理団体によってのみ行使できるとされ、特定機器又は特定記録媒体の製造者等は補償金の支払いの請求及びその受領に協力しなければならないと定められている((法104の2、104条の5)。  そして、製造業者等(以下、メーカーという)はSARVHとの取り決めによって補償金を支払っている。補償金の額は、基準価格(国内で最初に流通した際の価格)の1%とされ、この基準価格は、特定機器の場合にはカタログ表示価格の65%を基準価格として、この基準価格の1%が、上限を1,000円として定められている。特定記録媒体の場合は、基準価格を50%として、基準価格の1%を補償金の額として定めている。(SARVHホームページから)。  日本の法制では、補償金の支払義務者は、私的録音録画を行う機器・記録媒体の購入者(消費者)であり、メーカーが協力義務を負うが、外国では補償金制度を定める国はすべて製造業者が支払義務者である。メーカーの協力義務を規定したことは、制度創設時の関係者の叡智から生まれた日本の著作権制度の特色であると考える。  補償金制度は権利者と利用者の利益調整であると言われるが、この場合、「利用者」には消費者とメーカーの両者が含まれると考えられないだろうか。メーカーも又著作物や実演等の利用者である。私的録画複製を大量に生み出す機器を製造販売しているからこそ協力義務者である。  したがって、メーカーが「協力義務者」の立場に安座して制度を第三者的視点で論じるのは誤りである。メーカーは「第三者」ではなく、むしろ「当事者」である。  著作物等がなければ、機器・記録媒体は商品価値をもち得ず、又、逆に機器・記録媒体が存在しなければ著作物等の市場的広がりはない。  補償金制度はメーカーと権利者の利益調整であるという基本姿勢に立脚し、現行制度の運用に関しても、今後の制度見直しに関しても両者で協力関係を築き、国民のために世界のモデルとなり得る日本の制度を深化させてほしいと考える。  この場合、「協力関係」とは何か。メーカーがユーザーに代わって報酬を支払うという意味での協力関係であることは確かであるが、実際上は法的意味を越える深い意味があると考えられないだろうか。  かつて、JASRAC理事長であった故芥川也寸志氏は1988年8月23日に著作権審議会第10小委員会に提出した「私的録音録画問題と報酬請求権の導入について」の意見書でこう述べている。

 「詩人や作曲家たちが音楽を創り、演奏家のみなさんがその音楽を世に送り出します。そして受け手は聴衆であり、視聴者であり、ホームテーピングする人たちです。この三者の環の交流こそ音楽の営みであり、その中で音楽文化は生きて発展していくのです。創り手、送り手、受け手という循環のなかにこそ音楽の営みが存在するという原理は、遠い昔も、科学技術の発達した今日、また将来とも変りはないはずです。  この環の営みが機械によって断ち切られて、コピーの増殖で音楽を消耗し尽してしまうとしたら、音楽の盛大な消費はあっても、文化としての成長発展は止まってしまうでしょう。」「音楽文化の良い循環の形成と法的な権利の調整を、考えられる最も滑らかな方法で実現しようとするこの制度の導入には、文化の問題としても非常に大きな意味がふくまれていると考えています。」(意見書は、2007年6月27日開催第6回私的録音録画委員会に小六禮次郎委員意見書添付資料として提出されている。文化庁ホームページ掲載。)

 このように考えると、「協力関係」とはメーカーが権利者に協力して補償金の支払いをする(法律上の建て前としては、権利者に代わってユーザーに対して補償金支払いの請求及び受領をする)というより、国民のために“音楽の営み”(前記芥川意見書)を創造、拡大することを目的として、ユーザー、メーカーおよび権利者が協力するという意味であると考えるべきではないか。  対立関係を前提としながら権利者、メーカー二者を協力関係で調和させることではなく、日本の復興を目指し、ピンチをチャンスに変えるクールジャパン戦略創造のために、権利者とメーカーが連携してクールジャパン戦略創造のために協力することではないだろうか。  権利者、メーカーが二者の間で対立するのではなく、権利者とメーカーが連携して問題に対して挑戦し、両者の協力で問題を解決に導くという構図である。  権利者とメーカーの二者を結ぶ対立的直線構造ではなく、権利者とメーカーが共に協力連携して課題に立ち向かうという、権利者、メーカーおよび課題の三点を結ぶ三角形の形成ではないだろうか。当事者が対立するのではなく、対立すべきは、“課題”に対してである。ここでいう”課題”の向こうにこそ”クールジャパン”が実現されるのである。

(2)視点の転換の必要―雀の視点から鷹の視点へー

 “雀の視点”と空高く飛ぶ“鷲の視点”は異なる。私的録画補償金問題を雀の視点で見た場合、どうしても相手を対立的存在として意識し、攻撃的になる。雀の視野は狭いため地上での小さな争いになりがちである。  これに対して、視点を転換して空高く飛ぶ鷲の視野で問題を捉えた場合、その解決法は自ずから違ってくるのではないか。  文化庁における、私的録画補償金制度の抜本的な見直しを巡る長年の議論は、視点の転換が必要ではないか。  今、日本は危機脱出のために、「ピンチこそ次の10年を構想する絶好のチャンスであり、東日本大震災という国難ともいえる厳しい事態を踏まえて、今後の10年、20年を見据えて戦う基盤となるのが、知的財産戦略である」(「知的財産推進計画2011」6頁)という認識の下に様々な知的財産戦略を打ち出している。  著作権問題は著作権行政を所管する文化庁の課題である。しかし、「グローバル・ネットワーク時代の到来とダイナミックな世界の変化」(「知的財産推進計画2011」2頁以下)を認識しつつ、知的財産戦略によって「日本の危機脱出」を考えた場合、著作権問題一つとっても、著作権行政の視点を超えて知的財産戦略という国家戦略として捉えないと問題は解決しない。  端的に言えば、著作権行政的視点から国家戦略的視点への転換である。“雀の視点”から“鷹の視点”への転換である。  雀の視点では地上で争うだけであり、国家的視点を持ち得ない。”鷲の視点”で空高く舞い、国家的理念を持ちながら高い理想を求めるではないだろうか。  その意味で、視点を転換して、視野を高くすべきである。

以上

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