ある日のエピソード:2000年12月19日深夜送信した一通のメール
棚野正士備忘録
―2000年12月7日―12月20日開催「視聴覚実演に関するWIPO外交会議」に寄せてー
IT企業法務研究所代表研究員 棚野正士 (元芸団協専務理事)
下記のメールを当時わたくしはジュネーブから東京に送った。
2000年12月7日から開催されてきたWIPO外交会議は大詰めを迎え、ワ−キンググループ会議(WGM)における検討も終わりに近づき、12月18日深夜2時40分に終了したWGMでは、「条約は99%仕上がる」(日本政府関係者)と思われる段階に来ておりました。その段階で残された課題は第12条(権利の移転及び権利行使)第2項の「entitlement」という用語をどうするかというEUとアメリカの意見対立の調整でした。 しかしながら、12月19日WGMで前記課題について継続検討の結果、EUとアメリカの対立は解決されず妥協に至らないままの状態が続いており、12月19日深夜時点で、最終的には条約作成に至らずという予想もしていなかった最悪のシナリオになることが必至の状態になっています。 1961年ローマ条約以来40年振りの国際規範づくりが20世紀最後の時間に完成することが確信されておりましたが、「entitlement」という一語のために最後の最後の段階になって急変しています。条約は今瀕死の状態になっています。「実演家のため」の条約が、アメリカ映画産業とEU映画産業の対立の間でもろくも崩れようとしています。「実演家保護」が「産業保護」の視点からのみ論じられているように思います。 今の時点(2000年12月19日深夜2時)では条約づくりは失敗しそうです。但し、第12条を除いては、今回の外交会議では実演家の権利は人格権を含めてすべて合意されています。この国際的合意は歴史的事実であり、これを梃子にして、今度は国内法改正に最大の力を尽くす必要があります。 外交会議は負の結果となりますが、中味は大きな成果を生んでいます。この成果は国内に対する武器になると信じます。日本の実演家組織が再び力を総結集して、武器を活かして負をプラスに転じることが求められます。 以上が2000年12月19日の状況ですが、最終的には外交会議最終日12月20日朝10時からのメイン会議で結果が確認されます。選択肢としては。
- 奇跡的に条約成立の可能性が出てくるか。(12月19日徹夜で調整が行われることを期待します。)
- WIPO総会に対して外交会議を再び開催することを求めるか。
- 今回の外交会議の終了を宣言するか。
の三つです。 会議の好転を祈るような気持ちで取り急ぎ報告します。しかし、結果がどうであれ、実演家の尊厳にかけて絶対に負けるわけにはいきません。 以上 (2000年12月19日深夜、ジュネーブにて)
(追記1) 2000年12月7日から20日まで、WIPO視聴覚実演の保護に関する外交会議が開催されたが、EUとアメリカの対立のため、前文及び内容に関する20条項の内、19条項について合意に達したが、1条項について合意に至らなかったため、次の2点について確認して閉会した。(条約の名称は、草案ではWPPTの附属条約となる「視聴覚実演に関するWIPO実演・レコード条約議定書」<EU案>と独立した条約となる「WIPO視聴覚実演条約」(アメリカ案)が提示されていたが、結果は後者で合意した。
- 19の条項について暫定的な合意に達したことをノートする。
- 2001年の9月WIPO総会において、残された点について合意に達するために次の外交会議の開催を検討するよう、勧告する。
(追記2)2000年12月ジュネーブにおける外交会議から12年にわたるWIPOでの検討を経て、ようやく2012年6月、視聴覚実演に関する外交会議が北京で開催されて「WIPO視聴覚北京条約」が作成された。1961年ローマ条約(実演家等保護条約)第19条(映画に固定された実演)(下記注)は俳優の喉に永年突き刺さっていた魚の骨であったが、50年を経て視聴覚実演(影像実演)に関する新しい国際ルールができたことになる。 (注)ローマ条約第19条(映画に固定された実演)「この条約のいかなる規定にもかかわらず、実演家がその実演を影像の固定物又は影像及び音の固定物に収録することを承諾したときは、その時以後第7条(注:実演家の権利)の規定は、適用しない。」 (追記3)視聴覚実演に関する実演家の人格権(氏名表示権、同一性保持権)は2000年外交会議での合意を受けて、WPPT(実演・レコード条約)加入に伴う音の実演に関する人格権の著作権法改正の際に、条約に先んじて2002年に法改正されている。
以上
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