歴史的条約、俳優の権利のドアを開く
棚野正士備忘録
IT企業法務研究所代表研究員 棚野正士
(本稿は公益社団法人日本芸能実演家団体協議会(芸団協)・実演家著作隣接権センター(CPRA)機関紙「CPRA news 65(2012年8月)」に芸団協常務理事の立場で書いた記事である。「視聴覚実演に関するWIPO条約」は世界の俳優にとって50年に亘る問題であるので紹介する。)
世界知的所有権機関(WIPO)の視聴覚実演の保護に関する外交会議が2012年6月20日から26日まで北京で開催され、「視聴覚実演に関するWIPO北京条約」が作成された。 実演家を保護する最初の国際条約は1961年ローマで作成された「ローマ条約」(実演家等保護条約)である。1961年に形成された実演家の権利の国際秩序を見直す動きが、1993年からレコード製作者の権利の見直しと共にWIPOで始まった。視聴覚実演に関する保護と音の実演に関する保護が議論されてきたが、音の実演については1996年「WIPO実演・レコード条約(WPPT)」が作成されたものの、視聴覚実演は条約作成が取り残されてきた。その後、2000年にジュネーブで外交会議が開かれ「WIPO視聴覚実演条約」作成が期待されたが合意に達せず、今回の北京外交会議に至ったものである。 これによって視聴覚実演の保護に関する国際ルールが12年の歳月を経てようやく合意に達し、映画など視聴覚実演に関する国際秩序が50年振りに新しくなった。 北京外交会議には芸団協野村萬会長が出席し、能楽の始祖15世紀の芸術家世阿弥を引いてメッセージを述べ出席者に深い感銘を与えた。人間国宝野村萬会長はこう述べている。
「世阿弥は『能の出でくる当座に、見・聞・心の三つあり』という言葉を残しています。視覚美による成果、聴覚に訴える成果、感覚美を超えた内面性による成果を挙げ論じたものですが、現代に敷衍してなお、芸能のすべてを包含し、その真髄を的確に言い得たものとして、広く芸能に関わる者の傾聴すべき論であるように思われます。「見」を主とする芸能、「聞」を主とする芸能、その主眼とするところは異なろうとも、所詮「心」なくしては成り立つべくもなく、はたまた、その比重はともかくも三者具備してこそ真の芸能というべきではなかろうかと思うのです。 このことを条約に転じて考えると、1996年には「聞」に関するWPPTが成立しており、今回の外交会議で「見」に関する条約が生まれると、今度は「心」が課題になりましょう。「心」は国内法にあります。この三者具備することこそ実演家にとって肝要であります。」
わたくしたちは50年振りに映像に関する国際秩序が新しくなったことを受けて、国内の法秩序をつくりかえていかなければならない。世界の俳優組織はローマ条約から50年かかって新条約をつくり俳優の権利のドアを開いた。条約にしても法律にしても永い歳月を要し、一つの世代で終わることはない。 北京で作成された“歴史的条約“(WIPOプレスシートから)を受けて、わたくしたちは次の世代のために国内秩序を形成していかなければならない。国内法だけでなく、実体をも整備しなければならない。次の50年のために。
芸団協常務理事・著作隣接権総合研究所所長 棚野正士 Tanano Masashi
以上
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